てらまちフォト一覧
お寺が密集して立地する上野の東側。東本願寺のような大きな境内・お堂のお寺もあれば、一般の住宅の表札に寺名が刻まれていたり、ビルの下層階のお寺もあります。そんな寺々をめぐっていたら、中国風のお寺に遭遇しました。萬年山祝言寺、曹洞宗。丸みを帯びた楼門と鐘楼、枯山水風の前庭、日本寺院らしい造りながら黒くシックな本堂。全体にさっぱりとした設えで、料理でいえばヌーベルシノワといったところ。山門の上部入口には「十七羅漢堂」と記され、小さな羅漢さんたちとともに鑑のように研かれた丸い石板がありました。神社のご神体みたいだな、と思っていたら天井に「自ラヲ灯トシ 法ヲ灯トセヨ 釈尊」と刻まれていました。自らを観よ、ということなのでしょうか。鐘楼の下部は供養塔となっていて、橦木から垂れ下がった紐を引いて鐘を撞く仕組み。お寺の方にどうぞと勧められ、ひとつ、撞かせていただきました。柔らかな残響をしばし味わいました。
中国風の禅寺で鐘を撞く
2015年11月24日公開 2015年11月20日撮影
猫住職、門前の猫、境内の子猫等々、このサイトでも何度か登場させている猫。もともと犬派だった私、猫が気になるようになったのは、お寺めぐりがきっかけのような気がします。谷中や雑司が谷などの寺町はイコール猫町。ビルの間に残るお寺は、猫にとってはうってつけの遊び場。東京のてらまちさんぽをしていると、必ずと言っていいほど猫に出会うし、彼らはたいがいが人懐こく、呑気にお昼寝していたり、拝観者にすりよったり。お寺と猫は相性がいいとは感じていましたが、そこには、仏教の伝播に関する歴史が関係していたこと ―― 遣唐使が持ち帰る宝物をネズミから守るために、猫が乗せられたということを、つい最近知りました。宝物の中には貴重な仏典・経文もあり、それらとともに日本にやってきた猫たちが、寺猫、家猫となっていった、というワケです。
あきる野市の法林寺にいらした猫住職は、鐘楼で水を飲み、近づくと向こうからすりよってきて仰向けになり、甘えてきました。人懐こすぎでちょっと心配ですが、お地蔵さんと一緒に写真に収まってもらいました。
日本船主協会:「海運の歴史にみる船とネズミとネコの関係」
お寺と猫の深く長い関係
2015年11月19日公開 2015年11月15日撮影
近郊の秋を見たいと思い、西に向かう電車に乗りました。特に行き先も決めずに、拝島で下車。青梅線の福生方面へ向かっていたつもりが、気づけば五日市線熊川駅…。気の向くままに歩くことに。多摩川を渡り、秋川に沿って歩くと、社寺がありそうな「こんもり」が見えたので、行ってみました。たどり着いた法林寺で目にしたのは、色づいた銀杏がハラハラと葉を落とす様子でした。その葉が落ちる山門前には石仏群があり、みな個性的なお顔で並んでいます。四角いお顔にギュッと目を瞑っていらっしゃるこのお地蔵さま、雨上がりの青空と黄色い銀杏を背景に背高のっぽのお姿をしばらく見上げていました。
あきる野・秋川・秋留―秋に出会う
2015年11月17日公開 2015年11月15日撮影
先日、川越での打ち合わせの後、雨が小降りになったので、駅まで歩いていきました。蔵造りの建物が並ぶ一番街の通りは、夕方5時前というのにお天気のせいですっかり暗くなっていましたが、濡れた路面に街灯のあかりが映り、それはそれで美しいものでした。その通りに面して建つのが、古刹蓮馨寺です。川越が「河越」だったころ、室町時代の創建。「おびんずる様」や小江戸川越七福神「福祿寿」もいらっしゃいます。間もなく閉門という時間、軒の提灯が仕舞われるところ。境内は地元の方々の通り道になっているようで、皆足早に通過していきました。しっとりとした古刹の雨の宵の雰囲気を、ひととき味わいました。
川越蓮馨寺 雨の宵
2015年11月13日公開 2015年11月10日撮影
キリスト教会のような会堂の正面には仏堂。一見ミスマッチなようで、落ち着いたまとまりのある空間です。本郷森下町にある「求道会館」。浄土真宗大谷派の僧侶近角常観が、若者に向けた宗教的学びの場として明治35年に求道学舎を開き、広 く公衆に向けて信仰を説く場として建設したのがこの求道会館です(大正4年)。昭和28年以降、50年ほど閉鎖されていたのが、都の文化財指定を受けて修復さ れ、平成14年にオープンしたそうです。設計は武田五一。武田は朝ドラ「ごちそうさん」に登場した帝大教授の建築家のモデルで、ヨーロッパのアーツアンドクラフトやゼセッション運動を日本へ紹介しました。それでこのようなデザインの会堂になったのですね。現在はコンサートや講演などに使用されていて、月に一回程度、土曜日の午後に1時間半ほど一般公開されるようです。具体的な日程は求道会館のホームページにて。建物同様、シンプルなサイトですね。
求道会館公式ホームページ http://www.kyudo-kaikan.org/
復活した名建築 求道会館
2015年11月6日公開 2015年11月03日撮影
江戸時代に徳川将軍家の七面信仰による祈祷寺として成立した亮朝院。七面堂には、七面明神半跏像や妙見菩薩像などの仏像がそれぞれ細密に作られた「宮殿」(くうでん)に納められています。七面明神は、身延山の奥の院にあたる七面山に住む天女で、日蓮上人の説法により救われたため、龍に姿を変えて身延山を守ったと伝わります。今回は、本堂や七面堂、安置されている諸像や宮殿が新宿区の文化財として指定されたため、特別公開の機会が設けられたようです。通りから見ると階段の上の赤門や鐘楼門が印象的ですが、ふだんは本堂も七面堂も扉が閉じられています。その七面堂の前に鎮座しているのが、ずんぐりとした金剛力士像。こちらは、宝永2年(1705)に納められたもので、石像の金剛力士像は珍しいということで、すでに昭和59年に文化財指定を受けています。秘仏の開帳や特別開帳じゃなくても、そこここに、貴重な資源があるんですね。
西早稲田 亮朝院で文化財三昧
2015年11月5日公開 2015年11月03日撮影
9月に私鉄沿線ぶらり旅をしていて出会った国宝の地蔵堂、東京都文化財ウィークに合わせて特別公開がありました。見事な「文化晴れ」で、真っ青な空に曲線の美しい屋根が映えていました。地蔵堂のご本尊は優しいお顔の地蔵菩薩さまで、その左右の棚には小さなお地蔵様が「千躰」! 千躰地蔵は、以前は柱や梁に取り付けてあったものを、近年の修復の際に棚を作り、そこに納めたとのこと。古いものは金箔が残り、より新しいものは木目のまま。地蔵菩薩像は鎌倉時代の正福寺創建ときから安置され、千躰地蔵も同じ頃から納められています。屋根は30年に1度葺き替え、美しさを保っているのだそうです。地蔵堂の公開は例年9月29日の縁日と、昨日11月3日の年2回。昨日は「地蔵まつり」。屋台も出て地域の方々で大変な賑わいでしたが、9月は落ち着いて拝観できるし写真も撮れるよと、世話役の方が教えてくださいました。
特別公開―国宝 正福寺地蔵堂
2015年11月4日公開 2015年11月03日撮影
白金台駅のすぐ近くにある紫雲山瑞聖寺で、年に1回、1時間だけ内部公開される「大雄宝殿(だいおうほうでん)」。今年は11月1日の14~15時。本尊の釈迦三尊像が堂に比して小さすぎること、布袋尊は本来は別のお堂に安置すべきこと、小上がりは修行のための空間ではなくて大名らが座る場所であることなど、ご住職がお寺や黄檗宗の歴史と関連付けてわかりやすく解説していくださいました。建物は黄檗様式を踏襲しつつ、「中国の寺院建築ってこうなってるんだって」という伝聞に江戸の大工さんたちの技術と美意識が加味されて現在の姿となっているのだとか。確かに、総本山の宇治萬福寺や長崎の興福寺と比べると中華風味は薄いようですが、禅宗らしいさっぱり感と黄檗宗らしいおおらかさが感じられる空間でした。普段は正面の扉だけ開いているので、少々遠目に仏さまたちを拝することができ、お正月には布袋さんの前の扉も開かれるそうです。
特別公開―江戸黄檗宗の瑞聖寺
2015年11月2日公開 2015年11月01日撮影
このところ、川越へ行く機会が多く、先週の土曜日も東武東上線で川越駅へ。用事はすぐに済んだので、夏、お盆前に伺って印象的だった中院へ再び向かうことにしました。8月中旬の境内はこれでもかというほどの濃い緑に覆われていましたが、秋を迎えた今は色づき始めた木々をなでる風が通り抜けていました。ここ中院は、天長7年(830|平安時代)の創建と歴史があります。中院のサイトによると、まず中院があって、その後仏蔵院(北院=喜多院)、多聞院(南院)が建立されたという流れのようです。川越は早くから開かれ、江戸には城下町として、また商人の町としても栄えたため、まちなかには多くのお寺があります。五百羅漢の喜多院、河越夜戦の東明寺、寺町通りに居並ぶ寺院群…。蔵造りの街並みも素敵ですが、少しそこから足を延ばせば、さまざまな時代の多彩なお寺をめぐるのも楽しそうです。
四季を映す寺 川越中院
2015年10月30日公開 2015年10月24日撮影